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娯楽と中国文化―白話小説のキャラクターたち―第11回 戦うヒロイン―十三妹(シーサンメイ)『児女英雄伝』

前回では、十三妹が使う武器、弾弓、袖箭について見て、最後にやはり彼女が使う武器の一つである日本刀について見てみました。今回はその続きです。

前回で見たように、中国では宋代(960~1279)にすでに日本刀の存在が知られ、日本から輸入もしていたようです[1]。明代(1368~1661)になると、倭寇の侵入が激しくなり、中国の武器では倭寇に抵抗できず、中国側は日本式の武器を採用するようになりました[2]。倭寇の主たる武器は一貫して刀であり[3]、大挙して中国に侵入した倭寇は戦場において徒歩戦における日本刀の優秀性を大いに知らしめ、中国側の軍隊及び民間の刀術は程度の差こそあれ、いずれも日本刀術の影響を受けるようになった[4]。そのためでしょう、明代にはかなり大量の日本刀が政府間の貢物・交易品として、あるいは日・中海寇の密貿易商品として中国に流入し[5]、中国においても日本刀様式の刀が制作されるようになり[6]、さらには単なる武器としての日本刀だけではなく、その用法即ち日本刀術が中国に伝わりました[7]

この時期、日本刀は中国の軍隊及び民間の武術家に対して大きな影響を与え、倭刀・長刀・単刀・双砍刀など様々な名称で呼ばれ、日本刀術もまた当時の軍隊及び民間の武術に受容されて独特な倭刀術が形成されていくこととなりました[8]

 十三妹の日本刀を使った格闘術は、つまりは明代に日本から伝来し中国で独自の発展を遂げた倭刀術であったということになるでしょう。

この何玉鳳は、十二の時から一振りの刀でこの何年かを切り開いてきた。(第二十一回)

と彼女の愛刀について、このように語っています。彼女の愛刀である日本刀は、彼女が自身の人生を切り開いてきた武器と言えましょう。前回、見ましたが、弾弓は十三妹自身を示すことができる大事な武器でありますが、安公子に貸し与えることができるものです。しかし、日本刀に関しては、十三妹は誰にも貸していません。やはり、日本刀は彼女にとって最も重要な武器なのでありましょう。

以前取り上げました『児女英雄伝』の加工作品である松本零士作『児女英雄伝』、国友やすゆき・セルジオ関の『黄土の嵐』、山川惣治の『十三妹絵物語』などの十三妹が握る刀の絵を見ますと、筆者の素人目では典型的な日本刀の形をしているように見えます。奥野信太郎他訳の『児女英雄伝』には、中国で発売された本に載せられた挿絵[9]が転載されていますが、その挿絵にある十三妹が握る刀を見ると、刀を手で握る部分の柄の最下部にある柄頭が丸く膨れており[10]、日本刀というより、中国の刀であるような気がします。ただ、挿絵の画家が『児女英雄伝』の作者の文康の考えを挿絵に反映させたとは必ずしも言えないと思います。十三妹が握る日本刀は日本で作られたものか、中国で作られたものかははっきりしないと思います。

ずいぶんと横道にそれましたが、それで次は物語に戻り、十三妹の結婚初夜を見てみましょう。

十三妹の安公子の初夜

 二人の婚儀が終わり、張金鳳を含めた三人は新婚の夫婦の部屋にいます。そこには、前回紹介しました十三妹の弾弓と安家の硯も置かれています。頃合いを見て、張金鳳は二人に早く休むように言って、自分の部屋に戻ろうとします。初夜を迎えるに当たって、緊張しまくっている十三妹は「往かないで!」と張金鳳の袖をつかもうとしますが、張金鳳はそれをさらりと避けて、部屋を出て行ってしまいます(第二十八回)。

 十三妹は部屋の入口の腰掛に座り、安公子が誘っても口も利かず寝台に上がろうとはしません。そこで、安公子は一計を案じ、十三妹に話しかけます。そこで、二人の掛け合いが始まります。少し長くなりますが、見てみましょう。(安=安公子、妹=十三妹)

安:“你只把身子赖在这两扇门上,大约今日是不放心这两扇门,果然如此,我倒给你出个主意,你索性开开门出去。”
(「あなたはその扉にもたれかかっていますが、その扉が心配なんでしょ。そうならば、いい考えがありますよ。いっそのこと、その扉を開き出ていくんですよ。」)[11]

妹:他把头一抬,眉一挑,眼一睁,说:“啊?你叫我出了这门到那里去?”
(十三妹は顔を上げ、眉を吊り上げ、目をむいて、「私にこの部屋から出ていき、ドコへ行けと言うの?」)

安:“你出了这屋里,便出房门;出了房门,便出院门;出了院门,便出大门。”
(「この部屋を出て、この建物を出て、中庭から出て、そうすれば屋敷の表門です。」)

妹:姑娘益发着恼,说道:“你待轰我出大门去?我是公婆娶来的,我妹子请来的,只怕你轰我不动。”
(十三妹はますます怒って、「この私を屋敷から追い出そうってわけ?私はお義父様、お義母様がお娶りなり、妹(張金鳳)に招かれてここにいるの。あなたが追い出せるというなら、やってごらんなさい。」)

安:“非轰也。你出了大门,便向正东青龙方,奔东南巽地,那里有我家一个大大的场院,场院里有高高的一座土台儿,土台儿上有深深的一眼井---”
(「追い出すんじゃありませんよ。屋敷の表門を出て、真東の青龍の方に向き、東南の巽の地に向かって行くと、私の家の大きな脱穀する庭があり、その庭の中に高い土の台があって、台の上に深い井戸穴があるんです。」)

妹:姑娘不觉大怒,说道:“安龙媒!我平日何等待你,亏了你那些儿?今日才得进门,坏了你家桩事?你叫我去跳井!”
(十三妹は思わず大激怒!「おい、こら安龍媒(筆者注:安公子の別号)!私が普段どれだけのことをあなたにやったというの?何か、あなたに悪いことしたっていうの?今日、ようやく嫁入りしたと思ったら、すぐに家のおめでたを台無しにして、私に井戸に身を投げろというの?」)

安:“少安无躁,往下再听。那口井边也埋着一个碌碡,那碌碡上也有个关眼儿。你还用你那两个小指头儿扣住那关眼儿,把他提了来,顶上这两扇门,保管你能可以放心睡觉了。”
(「まあまあ、落ち着いて、落ち着いて!まだ話は終わってませんよ。その井戸の近くに石の碾き臼が埋まっています。その碾き臼の上に穴が開いていますから、あなたはそれに指を突っ込んで、持ってきて、その扉のつっかえにすれば、安心して眠れること間違いなしです。」)

 これを聞くと、十三妹は昔のことを思い出し、眉間のしわが消え、頬を染め、思わず怒りが喜びに代わり、にっこり笑い、その笑いがきっかけとなり、二人は契りを結びました。

 少々解説しますと、十三妹と安公子の出会いは、能仁寺で安公子を十三妹が救った(第五回・第六回)のが最初ではなく、偶然、安公子に危機が迫っていることを知った十三妹が、安公子とは会ったこともないにも関わらず、安公子が宿泊する宿屋を探し出し、安公子を訪ねたことが最初の出会いです。しかし、安公子は初めて出会った十三妹を警戒し、彼女が入ってこないように、自分が宿泊する部屋の戸締りをしっかりしたいと考え、宿屋の庭に大きな石の碾き臼があるのを見つけ、宿屋の者に褒美を与え、それを自分の部屋に運ばせ、その臼を部屋の扉のつっかえにしようとしたのです。しかし、結果はその話を聞きつけた十三妹が、三人の男が運べなかった臼を一人で安公子の部屋に運びこみました。安公子はかえって十三妹を部屋に招き入れてしまったのです(第四回)。

 時を二人の初夜に戻すと、安公子は寝台に上がらない十三妹の性格を巧みに利用し、わざと怒らせ、最後に最初の出会いを十三妹に思い起こさせ、ツンツンしていた十三妹をデレさせることに成功したというわけです。

 このように、十三妹は以前のような女強盗の時代とは打って変わり、穏やかな生活を送るようになりました。しかし、彼女は安公子の妻でありながら、やはり十三妹なのです。

十三妹の結婚生活

 二人の美女を妻にした安公子は、それに満足したのか、まあ、当然満足するでしょうが、だんだん学問より道楽に勤しむようになりました。安家は非常に豊かであると言えなくとも、生活に困ることはないでしょう。道楽を始めるのも致し方ないと思います。しかし、筆者と違い、十三妹はそんな安公子を許しません。張金鳳と一緒になって安公子の尻を叩き、科挙合格のための受験勉強に取り組ませます。女強盗時代と比較できないほど、平和で安らいだ結婚生活であると思われます。

 前回、袖箭ついて述べましたが、ある日、安家の料理人が怪我したというので、十三妹は自分の私物から薬を取り出し、使用人に与えます。その十三妹の私物の中にあった袖箭に安公子が興味を持ち、後で使ってみたいから、袖箭はしまわないように十三妹に言い、十三妹もそれを出したままにしました。その翌日、事件が起こります。

 真夜中、安家の人々が寝静まった頃、中庭に人の気配を感じ、十三妹は目を覚まします。賊が忍び込んできたことを察知した十三妹は対策を練ります。彼女の愛刀は新婚の部屋に相応しくないと言われ、片付けられており手元にありません。弾弓にも弾がないという状況です。しかし、袖箭が手元にあったので、十三妹は袖箭を使って賊に挑みます。

 十三妹は、扉の閂を抜こうと障子紙を破り、手を入れてきた賊の手を掴み閂に縛り付けます。さらに屋根にいた賊の足を袖箭で撃ち、賊は屋根から転がり落ちます。その他の二人の賊が屋根から落ちた賊に駆け寄ると、十三妹が大声をあげます。驚いた賊は逃げ出します。そこで安家の人々が起きだし、逃げる賊二人を捕まえます。

 平和な生活で、デレていた十三妹ですが、一度、事が起きると、いち早く状況を把握し、機敏に対応し、賊を制圧します。やはり、名家の奥方様になっても、十三妹は十三妹であったということでしょう(第三十一回)。

その後

 安公子は二人の妻に説得され、科挙の受験勉強に勤しみます。そして。見事合格します(第三十六回)。その後、以前に取り上げましたが、安家の使用人である張姐児を妾とします。十三妹と張金鳳は一人ずつ子供を産み、安老夫妻は百歳まで生き、安公子は、位は人臣を極め、子孫は繁栄しましたといった非常に単純なハッピーエンドを迎えます。

 『児女英雄伝』はこのように、非常に単純な物語となっています。作者文康が嫌っている『紅楼夢』とは、全く比較できないほど単純な話です。しかし、十三妹ははじめ、安公子、張金鳳など、その登場人物は非常に魅力的であり、現在のマンガやライトノベルの登場人物に通じるものがあると思います。そうでありながら、その魅力的な性質をもった登場人物たちが上手く活かされていないこと残念でなりません。

 筆者としては、物語の最後では、子供を一人産むことになっていますが、できれば、彼女がその子をどのように育て、そして彼女自身がどのような、中年女性、老人になるのか見たかったです。

 今回で『児女英雄伝』の紹介は終わりにしたいと思います。また、機会があれば、別の白話小説の紹介をしたいと思います。

参考文献
周纬1957《中国兵器史稿》生活・读书・新知三联书店。
奥野信太郎、常石茂、村松暎訳1960『児女英雄伝上』中国古典全集第29巻。
奥野信太郎、常石茂、村松暎訳1961『児女英雄伝下 鏡花縁』中国古典全集第30巻。
立間祥介抄訳1971『児女英雄伝』中国古典文学大系第47巻平凡社。
山川惣治1985 『十三妹絵物語』①龍の章 ②虎の章。
松枝茂夫1986『中国名詩選』下 岩波書店。
国友やすゆき セルジオ関1987『黄土の嵐』双葉社。
笹尾恭二1994『中国武術史大観』福昌堂。
村川堅太郎・江上波男ほか1998『世界史小辞典』山川出版社。
松本零士1999『児女英雄伝』第1巻 第2巻。
《儿女英雄传》一、二 文康2010 中州古籍出版社。
林伯原2014「中国における日本刀術の受容とその変容」『武道学研究』46巻2号。


[1] 林2014p60。
[2] 周1957p259。
[3] 笹尾1994p255~p256。
[4] 林2014p64。
[5] 笹尾1994p332。
[6] 林2014p61。
[7] 笹尾1994p338。
[8] 林2014p61。
[9]挿絵については「神戸外大の太田辰夫氏から拝借した蜚英館本の挿絵を配した。」p371とある。
[10]奥野他1960p81、p89。
[11]今回も和訳は奥野信太郎、常石茂、村松暎訳1960・1961と立間祥介1971を参考にしています。

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