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戦うヒロインのその後―十三妹(シーサンメイ)『児女英雄伝』(六)

娯楽と中国文化―白話小説のキャラクターたち―第7回
戦うヒロインのその後―十三妹(シーサンメイ)『児女英雄伝』(六)

前回、安公子が娶る三人の女性について述べました。今回も引き続き、十三妹と安公子の婚姻までの過程を中心に見ることにします。

3.安老爺の思い

もともと、十三妹と安公子を結婚させたら、十三妹のためにやったことが、まるで息子に嫁をとるためにしたような形になることから、当初、安老爺は二人の婚姻には反対でした。しかし、最後には、安老爺は安公子と十三妹と結婚させ、安公子、張金鳳、十三妹の三人の家庭を作ることを望みます。その事情について、講釈師(話書的)が語ります。

 いかんせん、この婿選び(筆者注:十三妹の結婚相手探し)は容易なことではない。自分がこの目で見てきた年頃の連中も、貴族のお坊ちゃんでなければ、軽薄な少年ばかりだ。姑娘(筆者注:十三妹)のような、あのような持って生まれた激しい気性では、もし訳をよく知らぬ家に嫁いだら、舅・姑とそりが合わぬか、それとも夫婦仲が上手くいかなく、私たち老夫婦以外の誰が姑娘の立場になって考えると言うのだ。それでは、姑娘の一生を台無しにしてしまうではないか。などと色々考えているうちに、………張金鳳を何玉鳳の下地にして、安公子と三人の見事な結婚話をまとめあげれば、………人情にかなうと考えたのでございます。(第二十三回)[1]

安老爺は、十三妹の性格を考えて、彼女と貴族のお坊っちゃんや軽薄な少年では釣り合わないし、また、舅姑と上手くやることはできないであろうと考えます。ここでもやはり十三妹の面倒な性格が遺憾なく発揮されていると思います。それならば、むしろ安公子と結婚させ、安老爺夫妻が十三妹の舅姑になる方が良いと思うようになったのでした。安公子と結婚させることより、安老爺夫妻が十三妹の舅姑になることが二人の結婚話を進める理由になっているようです。

ともあれ、当の本人たちの気持ちは兎も角、この安老爺の心境の変化によって、十三妹と安公子の婚姻について障害はなくなったわけです。続いて、自分の夫に新たな妻を迎えることになる張金鳳の思いを見てみましょう。

4.張金鳳の思い

安公子と十三妹の婚姻について、張金鳳は、最初に十三妹に会った時、すでに次のように考えていました。

 でも、十三妹とてやっぱり娘。世間でいうように、『人の心は誰でも同じ、心の思いも変わらない』。もし、安公子ほどの人物でも、まだあのひとの眼がねにかなわないのなら、それはあのひとの望みの方が高すぎるというもので、…あのひとは心ひそかに安公子との縁組を望んでいるのに、自分から切り出しにくくて、…まず私の話をきめておいて、それから私の父と母にたのんで、月下老人(筆者注:縁結びの神様)になってもらい。一人の夫に二人の妻の縁を結ぼうっていうんじゃないだろうか。もしも、そういうことなら、私としては、あの人の好意を無にするわけにいかないばかりか、あの人のそういう苦心を汲んであげなければならない、そうしてこそ、恩返しができるというものだ。(第九回)

張金鳳は十三妹から急に、安公子と結婚する気はあるかどうか問われます。しかし、張金鳳は恥ずかしくて、答えられませんでした。その様子に焦れた十三妹は、卓の上にお茶で二行の文字を書きました。一行には「願意」(したい)と書き、もう一つの行には「不願意」(したくない)と書き、安公子と結婚したい場合は「不願意」を消し、結婚したくない場合は「願意」を消すように張金鳳に言いました。張金鳳は「不願意」の「不」を消して、その答えとします。話では、張金鳳は恥ずかしくて、手を出して消すことするできませんでしたが、十三妹の言うことを聞かないわけにはいかないので、でたらめに消したら偶然にも「不」が消えたとなっています。結局、張金鳳の答えは「願意」、「願意」となり、十三妹はその答えに大満足します。

十三妹に命を救われたばかりの時に、同じくその十三妹によって安公子との結婚話を持ち出されるという特殊な状況の下で、張金鳳は激しく動揺していたはずです。しかし、その一方で、上で見たように、彼女は十三妹の考えを冷静に分析しているのです。彼女は聡明であるばかりでなく、どのような状況でも冷静でいられる胆力があるのだと思います。

前回、第六回で、針仕事が得意で優しく穏やかと言ったいかにも女性らしい張金鳳の性格を見ましたが、実は彼女は、激しい気性も持ち合わせているのです。十三妹に救われる前、張金鳳は悪徳和尚に捕まり、その和尚に嫁になるように迫られると、和尚の顔をめちゃくちゃにひっかきました。また、和尚の代わりに張金鳳を説得しようとする和尚の仲間の女性にたいして、

「あんたみたいな獣が、なんといおうと恐かないよ!わたしは今じゃ死ぬことなんか平気だわ。誰がこんな命いるもんか!」(第七回)

と言い放ちました。さらには、張金鳳は十三妹を悪徳和尚の一味であると勘違いして、十三妹に唾を吐きかけ、罵ります(第七回)。もちろん、十三妹は悪徳和尚の一味ではないわけで、最後に、張金鳳に和尚の嫁になるよう説得に当たった女性を殺害します。それを見ていた張金鳳の両親はびっくりして震えていたのですが、張金鳳は

 よくお殺しになったわ、こんな獣みたいな奴は、生かしておいても何にもなりゃしませんもの!(第七回)

張金鳳は武芸の身につけていないだけで、顔立ちがばかりでなく、その性格も十三妹と似て、いざと言う時の肝は据わっているのでしょう。そのような張金鳳ですから、精神的に混乱しているはずの状況においても、冷静に十三妹を分析しているのでしょう。このような彼女の聡明さと胆力は、後に安公子との結婚を渋る十三妹を理屈で追い詰め、十三妹を泣かせます(第二十六回)。この張金鳳の説得が功を奏し、十三妹は安公子との結婚に同意します。そして、十三妹は安公子の妻となるのでした。

5.白話小説に描かれている男女の絡みと婚姻

安公子と十三妹、張金鳳、長姐児はお互いに嫉妬し合ったりすることがないようですが、白話小説に描かれる結婚生活や男女の絡みの全てがこんな単純なわけではありません。白話小説では、さまざまな男女の絡みが描かれています。もっとも、有名どころの「五大白話長編小説」の『三国志演義』、『西遊記』、『水滸伝』、『金瓶梅』、『紅楼夢』だけを見ると[2]、その三つの『三国志演義』、『西遊記』、『水滸伝』には男女の絡みがほとんどありません。ただ、『西遊記』においては、中野美代子が言うように、

女怪どもは、清浄無垢のからだをもつハンサム三蔵を誘惑し、その「元陽」(元精とも。つまり精液)の気をうばおうとねらっていたのだが、いっぽう、妖怪どもがねらう三蔵の肉は、金角大王のことばにあるように、「ただの一度も女を抱いたことがない」ゆえに、清浄このうえなかったのである。つまり、三蔵の肉にたいする妖怪どものいわば「食欲」と、三蔵の「元陽」に対する女怪どものいわば「情欲」とは、アンビヴァレントな関係にあるといえよう[3]

と女怪、つまり女妖怪が「情欲」をもって三蔵に迫っている以上、男女の絡みと言えなくもないかもしれません。しかし、その絡みの多くは三蔵が女妖怪に誘拐されるなど場面が特殊ですし、また、どの女妖怪も三蔵と婚姻には至りませんので、『西遊記』の話も別の機会に譲り、ここでは、『金瓶梅』と『紅楼夢』を見てみましょう。

また『金瓶梅』と『紅楼夢』は『児女英雄伝』と共通点があるのもこの二作品を取り上げる理由です。共通点のある理由については、次回にでも触れますが、その共通点とは、それぞれの作品の男性主人公、『児女英雄伝』の安公子、『金瓶梅』の西門慶、『紅楼夢』賈宝玉はイケメンで、複数の女性と生活している点です。

先ず『金瓶梅』について簡単に見てみましょう。『金瓶梅』は十六世紀末、明代の万歴年間に書かれたとされる小説です[4]。作者は蘭陵の笑笑生とされますが、どのような人物かはっきりしません[5]。この作品の注目すべき点は『三国志演義』、『西遊記』、『水滸伝』が、盛り場で講釈師の語る「語り物」を母胎として生まれた作品であるのに対し、『金瓶梅』は最初から単独の作者が構想して著した作品で[6]、清朝になると、『紅楼夢』、『儒林外史』といった個人創作が主流なりますが、その個人創作の走りとなった作品であるということです[7]

『金瓶梅』では、『水滸伝』の登場人物、どちらかと言えばわき役である西門慶(姓が西門・さいもん、名前が慶・けい)と潘金蓮(姓が潘・はん、名前が金蓮・きんれい)が物語の中心人物として登場します。『金瓶梅』は『水滸伝』のスピンオフ作品と言えるでしょう。

潘金蓮には武大という夫がいたのですが、彼女は薬屋を営む西門慶と密通します。それを武大に知られ、藩金蓮は、西門慶と二人の仲を取り持った王婆と共謀し武大を毒殺します。二人は、それで安心しましたが、結局は武大の弟であり、後に梁山泊の好漢の一人となる武松(ぶしょう)に悪事を知られ、殺されてしまいます。王婆は武松によって役所に突き出され、役所によって処刑されます。武松は見事、兄の仇を討ったというのが、『水滸伝』(第二十三回~第二十七回)です。

ところが、『金瓶梅』では、潘金蓮と西門慶と密通し、武大を毒殺するところまでは同じなのですが、これ以降は『水滸伝』とは別の物語となります。西門慶は潘金蓮を娶り、そして武松は西門慶を殺害しようとしたのですが、誤って別人を殺害してしまい、流刑に処せられました(第二回~第十回)。西門慶と潘金蓮の邪魔をするものはいなくなり、潘金蓮を含めた西門慶を取り巻く女性たちの間で、嫉妬が渦巻き、争いが起こります。その中、潘金蓮と西門慶は乱行の限りを尽くします。その末、西門慶は一回に一粒しか服用してはいけない房術の薬を、潘金蓮によって三粒も飲まされ、三十三歳で死ぬことになりました。その後、舞い戻ってきた武松によって、潘金蓮は王婆とともに殺害されます(第八十七回)。西門慶の場合は、ハーレムエンドではなく、話に登場する時点ですでにハーレムが始まっていたのですが、潘金蓮とともには悪党に相応しい悲惨な最後となります。

『紅楼夢』の主人公賈宝玉は、多数の少女たちに囲まれ、その少女たちと一緒に生活しています。賈宝玉は色々な女性とかかわりながらも結局、最愛の女性・林黛玉とは結婚できず、別の女性・薛宝釵と結婚することになり、その婚礼の最中、林黛玉は病死します(第九十七~九十八回)。その後、賈家は没落、賈宝玉も科挙に合格するが、そのまま失踪、行方不明となります。賈宝玉の最後もやはり、悲しいものとなりました。これら三作品の文学作品としての評価は兎も角としても、安公子は上で見た二人と比べると、圧倒的な勝ち組だと思います。安公子は物語中、さして活躍しない割には、最後にはハーレムエンドを迎えるのです。

白話小説には、上で見た以外にも、男女の絡みやなど、様々な人々の生活が描かれたりします。それらについては機会がありましたら、ご紹介したいと思います。では、次回、十三妹の結婚について見てみます。且聴下回分解!

 

参考文献
《金瓶梅词话》上下 兰陵笑笑生 人民文学出版社 2000年
『金瓶梅』中国古典全集第15~17巻 訳小野忍 千田九一 上1959年中下1960年
《水浒传》上中下 施耐庵 罗贯中 上海人民出版社1975年。
『児女英雄伝上』中国古典全集第29巻 訳奥野信太郎、常石茂、村松暎1960年。
『児女英雄伝下 鏡花縁』中国古典全集第30巻 訳奥野信太郎、常石茂、村松暎1961年。
《儿女英雄传》一、二 文康 中州古籍出版社2010年。
『西遊記』中野美代子 岩波新書2000年。
『中国の五大小説』(上)三国志演義・西遊記 井波律子 岩波新書2008年。
『中国の五大小説』(下)水滸伝・金瓶梅・紅楼夢 井波律子 岩波新書2009年。
『中国明清時代の文学』大木康 放送大学教育振興会 2001年。

[1] 今回も訳は『児女英雄伝上』中国古典全集第29巻1960年 『児女英雄伝下 鏡花縁』中国古典全集第30巻 訳  奥野信太郎、常石茂、村松暎1961年 平凡社を使用し、一部表記と訳を変えています。
[2] 井波律子2008pⅰ~ⅱ。
[3] 中野美代子2000p36~37。
[4] 井波律子2009p125。
[5] 井波律子2009p126。
[6] 井波律子2009p125。
[7] 大木康2001p74。

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