コラム
プロ講師のコラム The Owl at Dawn
娯楽と中国文化―白話小説のキャラクターたち―第2回
戦うヒロインのその後―十三妹『児女英雄伝』(一)
一、はじめに
前回に引き続いて『児女英雄伝』の登場人物・十三妹について見てみましょう。前回でも、また本稿の題名にも「戦うヒロインのその後」と書いておりますが、これについて、先に申し上げておきます。「ヒロインのその後」と言いましても、実はこれは、戦うヒロイン―十三妹の後日談が最後に少し触れていたり、別に続編として語られたりしたものではありません。この『児女英雄伝』という物語は全文が四十回、一番最初の「縁起首回」(話の由来)を入れれば、四十一回に分かれています。その内、結婚後の話は三十回~四十回で語られており、全体の四分の一は結婚後のお話です。ちなみ、第二十三回から、安公子の第一夫人である張金鳳が十三妹を安公子の妻にしようと動き始めます。前回でも言いましたように、十三妹は「面倒な人物」ですので、結婚に関しては周りの人々が説得にかかり、結局、結婚に辿り着くまで四十回中、七回分も説得につかわれます。この七回分も合わせると、四十回中、十七回が女強盗を引退?した後の十三妹の物語となります。
結局、十三妹は安公子の妻となり、十三妹から何玉鳳に戻ります。ちなみに、中国は今も、昔も夫婦別姓ですので、女性は結婚後も夫の姓を使ったりはしません。何玉鳳は何姓であり、安玉鳳と名乗ることはありません[1]。それでは、結婚直前から結婚後の、何玉鳳としての生きざまを見てみましょう。しかし、その前に、上で「四十回」或いは「四十一回」と言いましたが、この「回」は『水滸伝』、『三国志演義』、『西遊記』、『紅楼夢』と言った代表的な白話小説の一般的な特徴ですので、次で先ずは、この「回」について見てみることにします。
二、章回小説
この「回」は白話小説の起こりとも関連します。白話小説の起こりと「回」について、長くなりますが、研究者がまとめたものを引用します。
白話小説は、口語で書かれていることによってもうかがわれるように、もともと通俗的な作品である。それは、白話小説が、都市の盛り場の寄席で行われていた講談から発展したものであることとも関わりがある。白話小説のジャンルが成り立つ基礎には、寄席で語られていた講談(説話(ショウホワ))があった。このことは、白話小説の形式にも反映している。まずは、白話小説作品の多くが、章分けにあたって「回」といういいかたをしていることである。中国の書物では、古くから章分けに「巻」という言葉を使ってきた。「回」は、かつての講談で、長い話を「一回」「二回」と分けて語った名残なのである。さらに明らかな痕跡は、各回の末尾が「さてさて、孔明の運命やいかに、続きは次回をお聞きください。」といった、いかにも読者(聴衆)に気を持たせるような決まり文句で終わることである。これは講釈師が、物語が今にも山場にさしかかろうとするところで、一旦話を打ち切り、聴衆からお金を集めてから、改めて続きを話し始める商売上のテクニックから来ているのである。白話小説は、文字で書かれたものであっても、基本的に講釈師が話を語っている枠組み、読者を聴衆と考える枠組みを持っている。この形式は、『三国志演義』など、講談として長い前史を持つ作品ばかりでなく、『紅楼夢』のように、はじめから一人の作者が書き下ろした作品にも共通しているのである[2]。
章分けに「回」を使っていることから、これらの小説を「章回小説」と呼ぶこともあります。そして、この「回」で話を分ける形式は『紅楼夢』同様、文康によって書かれた、この『児女英雄伝』にも引き継がれています。そればかりか、講談で話された前史を持っているわけでもないのに、講釈師(話書的)によって話が進められたり、解説が入れられたりする形式をとっています。これについてちょっと見てみましょう。場面は安公子が悪僧に殺されかかり、十三妹が安公子を救うために登場するシーンでは、第五回~第六回に当たります。
哀れにも公子は、この時、恐れおののき、両目を固く閉じていました。悪僧は狙いを定めると、腕を前にグイとつき出し、刃物を公子の胸に突き立てようとしたとき、「ピュー!」、「ワァ!」、「バタン」、「ガラガラ」という音が鳴り響き、三人の中の一人が先ず倒れました。………安公子の生命はいかがなりゆくか知りたくば、次回に読み継ぐことに致します。(以上第五回)
この回のお話は前回にすぐ引続きますので長々と申し上げません。………ここまで聞いただけでもう眼をショボショボさせ、涙をお拭きになる方があったと致しましたら、説書的の罪も深いです。ご安心ください。倒れたのは安公子ではありません。………では誰が倒れたのでしょうか?悪僧です。悪僧が倒れたのなら、悪僧が倒れたとさっさと言えば、それで済むので、ごちゃごちゃ言うことはなかったのですが、説書的がちょっと人騒がせをしたまでです[3]。(以上第六回)
話書的が第五回の最後の方に「次回に読み継ぐことにします」が言っています。テレビ番組の最後にある「次回もお楽しみ!」という言葉に相当するかと思います。章回小説では、このように各回の最後は“且聴下回分解チエ・ティン・シャア・ホイ・フェン・ジエqiě tīng xià huí fēn jiě”「まずは次回のお話を聞かれたい」という言葉で話が締められます。もっとも、本稿で取り上げている『児女英雄伝』では“下回書交代”「次のお話しで続きがあります」が多いです。
また、各回にはそれぞれ、例えば『児女英雄伝』第四回「傷天害理預泄機謀 末路窮途幸逢侠女」(天理に反し、計略は漏れ、全くの窮地で幸いにも侠女に出会う)にようにタイトルがついています。このようなところもアニメや漫画で似ているのではないでしょうか。ずいぶんと横道にそれてしまいましたが、次から十三妹の話に戻ります。
三、十三妹と安老爺
前回見たように、安公子は父親である安老爺を助けるため、北京を離れ、旅に出ました。安老爺は彼自身の失策ではない洪水の責任を負わされ、罷免され、洪水で破壊されたものの修築費を負担するように命じられていました。そのため、安公子はお金をかき集め大金を持って旅に出たのです。その旅の途中で、能仁寺の悪僧に捕らわれ、殺されそうになったところ、十三妹に助けられたのは前回見た通りです。十三妹は安公子が孝行息子であることを知り、安公子を助けたのですが、実は安公子が集めたお金では納めなくてはならない修築費の半分くらいしかありませんでした。その事情を察した十三妹はお金を工面し、安公子に持たせて旅立たせます。更に、これも前回書きましたが、張金鳳とその両親も一緒です。
最終的には安老爺はお金を納め、元の役職に復帰となりました。しかし、安老爺は役人生活には未練がなく、官を辞し、十三妹を探すために家族全員で旅に出ることにしました。なぜならば、安老爺は十三妹に恩感じているだけではなく、安公子たちの話を聞いているうちに、十三妹は安老爺の死んだ親友の娘であり、恩師の孫娘であると思うようになったからです。
安老爺は十三妹の師匠にあたる鄧九公を訪ね、彼と意気投合し、義兄弟の契りを結びます。そして、その鄧九公の助けのもと、安老爺は十三妹と対面します。このころ、十三妹は母を亡くし、母を葬った後、かたき討ちのために、一人旅立とうとしていました。父が亡くなったとき、十三妹が、すぐにかたき討ちに赴かなかった理由は、自分の母親を一人にすることができなかったからです。その母親が亡くなった以上、十三妹を阻むものは何も無くなっていたのです。
そのような時に、安老爺は十三妹に彼女のかたきは既に朝廷によって処罰され、亡くなっていることを告げました。それを聞いた十三妹は喜びますが、今度は父母の後を追おうとします。そのため、愛刀を取ろうとしたところ、近くにあるはず愛刀はありません。安老爺と話していた十三妹が安老爺をかたきの回し者と誤解して興奮しているのを見て、鄧九公の娘である褚大娘子(褚さんの奥様)が十三妹の愛刀を別の場所に運び出させていたのです。それでも十三妹は死ぬことを諦めません。そんな十三妹を冷静な目で観察した安老爺は十三妹の性格を逆手にとって、さらには十三妹の祖父、彼女の父との思い出を語り、上手に説得して、北京で彼女の父母を埋葬し、弔うこと納得させます。ここでは、十三妹の面倒くさい性格が遺憾なく発揮されていることばかりでなく、安老爺の説得が実に見事です。十三妹を探す旅に出たころから、安公子の影は薄くなり、安老爺の活躍が目立ちます。安老爺は筆者も好きなキャラクターですので、別の機会でご紹介したいと思います。一言だけ言わせて頂ければ、筆者はこのような老人に憧れを抱いています。
それはともかく、十三妹の話に戻ります。十三妹は安家と張家の人々と共に北京に向かいます。この時期から十三妹は色々と変化を見せます。それは変化なのか、父は亡くし、かたき討ちのために女強盗に身をやつすことによって押さえつけられていた彼女の元々の性格であったものなのか定かではありませんが、女強盗であった頃と違いが見られます。後に先ほど出た褚大娘子は北京で十三妹と再会しますが、その時の褚大娘子の感想が「これが一年前青雲山で走り回っていた十三妹なの?」です。大分イメージが変わったのだと思います。
つまり、十三妹のキャラクターは、名家のお嬢様(ついでながら、彼女は纏足も[4]しています)でありながら、戦いとなると、悪党どもを次々と始末し、それでも動揺しない強い戦うヒロインとしてのものばかりでなく、様々な面がこれ以降見られます。それがまた、十三妹の魅力であると思います。それについて見ていきたいのですが、紙幅の関係上、筆者も説書的のマネをして言わせて頂きます。“且聴下回分解”。この拙文をお読み下さいました皆さまの興味を次回に上手く引き付けられたでしょうか。