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戦うヒロイン―十三妹(シーサンメイ)『児女英雄伝』

娯楽と中国文化―白話小説のキャラクターたち―
戦うヒロイン―十三妹(シーサンメイ)『児女英雄伝』

一、はじめに

日本のアニメや漫画などが中国でもファンを獲得し、多くの中国人に親しまれています。このことは日本語の「オタク・お宅」という言葉も中国語で「御宅族yùzháizúユジャイズ」と言ったり、あるいは性別をつけて「宅男zháinánジャイナン」、「宅女zháinǔジャイニュウ」と言ったりすることからも分かると思います。この日本から中国へという流れですが去年あたりから少々変化が見られ始めました。2015年8月13日の『産経フォト』[1]に「中国産アニメが“逆襲”日本語版、ネットで公開」と題された記事があります。

中国国産新作アニメ「雛蜂-BEE-」の日本語版が15日から、動画投稿サイト「ユーチューブ」などを通じて日本向けに公開される。中国では国産アニメが日本に比べて大きく遅れているとの認識が強く、アニメファンらは「日本への逆襲」として熱い視線を注いでいる。………「雛蜂」は、戦闘用に開発された改造人間のヒロイン「瑠璃」が、テロリストから人質を救う内容のSFアクション。………

記事中で紹介されているアニメ作品「雛蜂-BEE-」について、2015年8月21日の「Record China」[2]が次のような中国人の反応が伝えています。

『雛蜂―BEE―』は日本アニメの雰囲気が色濃くて中国的な特徴がないから、日本人にウケないのは当然だ。日本人は中国的特色ある作品が見たいのであって、日本化した質の悪いパクリアニメを期待しているのではない。

なかなか手厳しい批評が紹介されています。実際に筆者が「雛蜂―BEE―」を見たところ、絵柄はやはり日本の影響を色濃く受けていると思いました。特にヒロインの「瑠璃」にいたっては、筆者は正直なところ「綾波レイに似た蜂女」と思いました。これはキャラクターの見わけができないオヤジ眼のせいかもしれませんので、何とも言えません。ただ、話は面白いと思いましたので原作漫画を有妖気のウェブサイト[3]で読ませて頂きました。それはともかく、絵柄が日本の影響を受けたものであったとしても、キャラクターの設定、ヒロイン・瑠璃は主人公・孫浩軒を人質とし、警官隊も鎮圧できなかったテロリストグループを一人で壊滅させることができるほどの実力の持ち主、主人公・孫浩軒はテロ事件に巻き込まれ、最後には気を失ってしまう弱々しい(テロリストに銃を向けられたら気を失っても仕方がないと思いますので、実はごく普通の)男の子ですが、機械に関して天才的な技術と知識を持っています[4]。このような戦う強いヒロインと弱々しいが頭脳明晰な主人公の男の子と言った設定も日本のアニメの影響と見ていいのでしょうか。筆者はこのようなキャラクターの設定は、中国の白話小説に見られると思います。それが『児女英雄伝』です。本稿はこの『児女英雄伝』について簡単に紹介したいと思います[5]

その前に白話小説について簡単に触れます。白話小説とはゲームや映画などでお馴染みの『三国志演義』、幼稚園や小学生のとき、絵本で読んだ『西遊記』、前の二つほどの知名度はないですが、中国では知らない人はいない『水滸伝』、そして、これも日本では知名度が『水滸伝』より更に落ちると思われます『紅楼夢』。これも中国人で知らない人はいません。これらが白話小説の代表作とされ、白話小説の四大名著とされています。中学校や高校で学んだ漢文とは違い、これらは明清時代の口語(白話)で書かれていて、現代中国語にかなり近い文体となっています。

『児女英雄伝』とは、作者は満州旗人[6]文康で、道光年間(1821~1850)に著されたと考えられています[7]。道光年間とは、どのような時代かと言いますと、日本では1853年にペリーが来航していますので、江戸時代の後期にあたります。では、ペリー来航以前に書かれた小説のキャラクターの設定を見てみましょう。

 

二、物語の始まりとキャラクターの設定

主人公・安公子(本名:安驥、公子は「若君、若様」と言う意味。本稿は安公子で統一します)の父親である安老爺は二十歳のとき、挙人に合格して以来30年進士を受験し続けているが、合格できませんでした。息子の安公子は科挙に合格する見込みがあり、安老爺自身は科挙受験をあきらめていましたが、息子の安公子に説得され受験しました。その結果、役人になれたのですが、赴任先で清廉潔白の安老爺は陥れられ、無実の罪を着せられます。安公子は父である安老爺を助けるために、生まれて初めて北京を離れ旅に出ます。その旅路で苦境に陥った安公子を救ったのが十三妹(本名:何玉鳳、本稿は十三妹で統一します)です。

十三妹は元々、朝廷の役人の娘でしたが、陥れられ死んだ父の敵を討つため、女強盗に身をやつし機会を待っていました。ただ、強盗といっても、彼女は世の中には、正当な労働によって得た「持ち主のあるお金」と、賄賂や汚職など不正な手段によって得た「持ち主のないお金」があると考え、彼女が奪うのは後者のみです。この十三妹のキャラクターは現代の漫画やアニメのヒロインたちが持つものと同じものがあると言えると思います。

○ヒロインですから、やはり美人です
十三妹は下のように描写されています。

緑したたる春の山かと思われる柳のような細い眉、澄みわたる秋の水にも似た涼やかな円らな瞳、鼻筋は通り、唇は朱のよう、芙蓉の顔はふんわりと光をはなち、桃の頬にはえくぼが浮かび、………そのありさまは、笑わねばともかくも、笑えばたちまちふたつのえくぼ。水から出てきた洛水の女神と申しましょうか。………桃か李の花のようなあでやかさの中にも、霜や雪のように凛としたところがございまして、………

○戦うヒロインですから、武芸が得意で悪党を容赦しません
使う武器は弾弓(弾き弓、弾を発射する弓)と倭刀(日本刀)です。拳法も得意です。また、敵に情けをかけたりしません。悪徳和尚にとらわれ、その生命が風前の灯となった安公子を助けるために、十三妹は悪徳和尚たちを次々と始末します。そして、都合十名を殺害した後、女はここでやっと、空を仰いで冷たく冴えわたる月をながめ、ホッとため息をついて、

「これでようやくきれいさっぱり始末したわ。部屋の中のあの少爺(わかさま)(安公子)は、びっくりして死んじゃってやないかしら?」

と呟き、人を殺めたことで動揺することは全くありません。また、大の男二人が運べない石の碾き臼を持ち運ぶことができほどの怪力の持ち主でもあります。

○食欲旺盛です。
最終的には十人あまりの悪党を殺した直後に、おかずのほかにマントウ七つとご飯を四杯半平らげる健啖家ぶりを発揮します。

○無茶ぶりもします
安公子が捕らわれていた能仁寺には、老夫婦とその一人娘・張金鳳が捕らわれていました。安公子と張一家は一緒に旅することになりましたが、家族でもない若い男女が一緒に旅するのは宜しくないと考えた十三妹は二人を結婚させます。安公子はテレもあり、父親が大変なときでもあったので、結婚を断るのですが、それに対して十三妹は日本刀を振りかざし、結婚を迫ります。結局この張金鳳(十三妹とそっくりな美人です)は安公子の第一夫人となります。

○面倒な性格しています
十三妹の師匠にあたる人物が「あの性質、あの気性は、まったく手に負えんでナ」と言っているくらい、面倒くさい人物です。

○不器用です
手先が不器用で針仕事はできないようです。

○夢落ちもできます
安公子が歩み寄って、姑娘[8]に手を差し伸べ、「姐々[9]、お疲れでしょう!手をお貸ししましょう」と言いますので、姑娘が、「まあ、とんでもない!『男女は授受するに親しくせず』よ!覚えているでしょう。能仁寺であなたの危うい命を救ったとき、あれほどの危急の際にも、私はこの礼儀を守って、あの弓のはしであなたを扶けおこしたのを。あなたはこんな人気のない荒野で、どうしてそんな軽はずみなことをするの………安公子の言葉は明らかに自分を馬鹿にしているものですから、思わず怒り心頭に発し、目にもの見せてくれようとしましたけれど、いかんせん、四肢に力がはいらず、ふだんのような技倆(うでまえ)も気力も出てまいりません。………アッと一声、目が醒めてみれば、なんと南柯の夢でございました。
目覚めて後、十三妹は安公子の命を救ったことは、不埒なことを目にして怒りのためにやったのであって、決して安公子のためにやったのではないと、誰に聞かせるわけでもない言い訳を長々とやります。

次に男性主人公・安公子(安驥)の人物像を見てみましょう。彼のキャラクターの設定もやはり、現在のアニメ、漫画のヒロインのパートナーとしての性格を有していると思います。

○美少年です
公子は、生まれつき、額が秀で、顎が張り、利発で聡く、玉の肌の愛らしさ。公子の背丈もようやく高くなり、眉目秀麗、学究らしく文雅に生い育ちました。もともとの生まれが良いうえ、さらに上品に育ったのです。

○幼い頃から優秀です
五つになると、安老爺は字を覚えさせ、手習いをさせ、十三の時には、四書五経を読みおえ、文章をつくり、詩を詠む。

○純情です
知らない女性を見ると、話もしないうちに顔が赤くなります。

○臆病です
十三妹が悪徳和尚たちを始末し、安公子のところに戻ってみると、

(安公子は)両方の親指で耳の穴をふさぎ、のこりの八本の指で眼をかくして、猫のように丸くなっているではありませんか。

安公子は結局、この騒ぎの中、恐ろしさのあまり粗相をしてしまいます。このように、美少年で学問ができるが暴力沙汰はテンでダメ、だが、彼は親孝行であり、十三妹が「武」であるのに対して、安公子は「文」の人なのです。結局はこの「文」と「武」が交わり、安公子は十三妹を第二夫人として迎えます。安公子は、さらには妾を一人持ちます。

 

三、おわりに

『児女英雄伝』のキャラクターは現代の漫画やアニメにも通じるものがあります。大部分の白話小説は娯楽に徹したものでと言え、気楽に読むことができます。筆者の位置づけとしては、白話小説は漫画やライトノベルと同じものです。この『児女英雄伝』には、さらに続きがあり、安公子の妻として、安家の奥方としての十三妹、つまり「戦うヒロイン」のその後が描かれています。機会がありましたら、ご紹介したいと思います。

 

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